有川神楽:
 上五島町有川郷の有川神社
   
   上五島町有川郷の有川神楽を鑑賞した。
最初に一種のお囃子「
メーザイデン (弁財天)
が演奏された。
新上五島町有川の歴史を捕鯨ぬきでは語ることはできない。古くは江戸時代初頭頃の突取り式、
後の網取り式を経て、近代の南氷洋捕鯨に至るまで多くの住民が捕鯨に従事し、
町の盛養を大きく左右する影響カがあった。
これにより有川は島外より捕鯨技術者、商人達が多く流入し、

住民の三分の一を島外人が占めることもあったという。昭和三十年代の最盛期には九百人以上もの
乗組員を南氷洋に送り出していた有川の捕鯨事業も、商業捕鯨の中止により衰微を極めたが、
現在も調査捕鯨船の乗組員として十数人が出漁しており捕鯨の灯は消えてはいない。
 この「メーザイデン」は、元々有川鯨組の守護神とされた弁財天への奉納行事を起源として、
明治末捕鯨会社の解散により一時途絶えていたものを、昭和天皇の大典記念行事として
当時の青年団が再興し、年中行事として定着するに至った。
 毎年一月十四日(現在は、一月第二若しくは第三土曜日)払暁、寒風吹きすさぶ中を
有川地区六つの青年団組織がそれぞれ、青年から時には幼少の子どもまで揃いの着物をまとい、
弁財天宮、あるいは有川神社へと向かう。神社を皮切りに鯨唄を唄って、太鼓を打ち鳴らしながら
深夜までかけ、官公庁、商店、一般家庭等地区内を廻り、大漁・商売繁盛・家内安全を祈願する。
 近年は学級行事や結婚式などへの要請もあり、後継者も年代毎に順調に育成きれ、
今も
尚「有川捕鯨」 の名残を残す伝統行事として継承されている。
   
   国選択無形民俗文化財
有 川 神 楽
五島列島では古くより神楽が舞われており、文献によれば室町末期に神楽の原型が生まれたとあり、
江戸の中期頃には現行の神楽舞に整ったと言われています。
現在五島地区では、六つの神楽の
保存会組織があり、平成十四年二月には下五島地区の四団体、
上五島地区二団体を合わせて
『五島神楽』として国の選択無形民俗文化財に指定されました。
 有川神楽には、現在二十四番の神楽舞が伝わっており、
例祭などにて主に
舞われている演目は、
『座祓い(ざはらい)』、『左男舞(さおまい)』、

『荒塩(あらしお)』、『七五三舞(しめまい)』、『長刀(なぎなた)』、
『剣舞(けっかい)』、『恵比須舞(えびすまい)』、『山之真(やまのしん)』
『御幣帛(みてぐら)』、『御剣(みつるぎ)』、『四天王(してんのう)』
『末広舞(すえひろまい)』、『折敷(おしき)』、『八饌花米舞(はっせんはなよねまい)』
『獅子舞(ししまい)』の十五番があります。
本日は、左記の五番をご覧いただきます。
   
 1  一、座 祓
神楽を始めるに当たり、その舞う場所「場」をお祓いする舞。
最初に舞われる。
   
 2  二、恵比須舞
 恵比寿様は広く商売の神として崇敬されているが、当地では大漁満足の神として篤い信仰がある。
舞の最後で見事、鯛を釣り上げましたらご喝采。
   
 3   三、折敷舞
 供饌の祭具である「折敷」と呼ばれる盆を両手に持ち、
その盆が落ちないように手を振り回しなから舞う、
躍動感あふれる曲芸的な舞。
たすき舞との二部構成となっており、太鼓の音も含めた緩急の対比も特徴的である。 
下段の動画はYouTubeにあったので無断で借用した。
   
   
 4  四、獅子舞
 獅子と鼻高天狗の二人舞。獅子と天狗一組、あるいは二組で舞う。
山で寝床を探しあてた獅子に天狗がちょっかいを出し、
とうとう怒りを抑えきれない
獅子と合戦となり最後は参拝者のところまでなだれ込んでいく。
その際に客は天狗と獅子からお祓いを受ける。
★下段の動画はYouTubeにあったので無断で借用した。(下段)
   
 
 5  五、八饌花米舞
単に八饌舞とも、また豊年舞とも呼ぶ。杵と箕を用い、
舞の中で杵で餅を搗く
所作が象徴するように五穀の豊穣を祈り豊作に感謝する舞。
有川神楽では必ず最
後に舞われ、紅白の小餅が参拝者に神様のお下がりとしてふるまわれる。
   
   宮司さんのお礼    
       
       
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